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『新明治仁侠伝』

↓「好きなセリフ」追記しました。2010-08-14



ツイッター@bekirraより(旧→新)

・#mninkyo 新・明治仁侠伝(劇団サイト)、新明治仁侠伝(チラシ、チケット)、新 明治仁侠伝(FC会報)…正しい公演タイトル表記はどれなのでしょう?細かいところが気になるのは元・編集の職業病が抜けていない?仁侠といってもヤ○ザものではないのですよね。 #gmeg
2010年07月18日(日)14:35:19

・#mninkyo 初日まで1週間をきった劇団め組『新明治仁侠伝』。こりっちの観たい!が11人に。好きな劇団に新しい人達が観に来てくれるのはとても嬉しいこと。 http://stage.corich.jp/stage_hope_detail.php?stage_id=20818
2010年07月30日(金)13:22:56

・#mninkyo 午前9時アメブロのメンテナンス終了を待って新宮乙矢さんのブログへ。明日8/4初日の『新明治仁侠伝』ロビーで『岡田以蔵』2009年版DVD販売の朗報!め組が公演DVDを一般販売する貴重な機会。 http://ameblo.jp/ippongatana #gmeg
2010年08月03日(火)11:27:56

・#mninkyo 劇団め組「新明治仁侠伝」初日観ました。武士の美意識のなかに失われた日本人のよさを描くところから、復讐の連鎖を断ち切る視点への重心移動が新鮮。若手が滅びを、ベテランが未来を表現。所作と殺陣はさすが #engeki
2010年08月04日(水)

・今夜の酒は美味しいです。まず、こころ躍るいい作品だったから。そして、今夜新しい花形が誕生し、同時に前の花形がより魅力的になっていたから。ひとつの劇団を継続して観ていく喜び。できることは1枚のチケットを買う、それだけ。め組『明治仁侠伝』 #mninkyo #gmeg #engeki
2010年08月04日(水)

※それぞれのつぶやき文の最初や最後についている#mninkyoや#engekiなどの文字は「ハッシュタグ」と呼ばれるもので、この記号をつけた世界中の人々のつぶやきをまとめて検索・表示するための記号です。



明治維新から10年、恵まれない境遇に堕ちた旧士族達の失意と不満がうごめく江戸の遊郭。
明治新政府がおきざりにした彼らの武士としての誇りが、居場所を求めて噴出する――
1995年の初演から今年2010年で5回目の上演となる劇団の代表作。
私は初見です。
2006年『ASSASSIN 彰義隊後日譚』から毎公演観るようになったこの4年間でも、キャストが刷新されているのがよくわかります。
合馬百香戯曲が表現する「(武士という)滅びていく価値観」への愛惜と、それでも健気に生きていく人間への応援が若手とベテランの清々しい混声合唱になっていました。

やはり明治維新後の日本が舞台である現在公演中の井上ひさし作『黙阿彌オペラ』(私は7月22日昼に観劇)のなかに「御一新(=べきら注:明治維新)は大がかりなお家騒動、それもてんでなってないお家騒動。」という主人公の狂言作者・河竹新七のセリフがあります。
おきざりにされた民衆へのおもいが、日本の演劇への井上さんの愛情につながる言葉でした。
同じく大切にしてきた自分の在り方の「芯」を全否定された士族に、合馬さんが寄せる慈愛と、もしかしたら羨望(武士として生き、消えて行くことへの)とをかんじる舞台でした。

藤原習作さんが格段に素晴らしいです。
二役のうち岩倉具視は弾むような華と艶があり、もう一役の坂本龍馬のおおらかさが劇場中を包み込みます。
龍馬のラスト近くのセリフは、こののち大戦へつきすすむ愚を悲しみながらも日本人を愛する合馬さんのおもいであり、第二次大戦後の戦犯をあつかった次回作『“Ps”』(2010年11月/吉祥寺シアター)へのつながりをかんじさせるものでした。
め組の看板・新宮乙矢さんが、今回は意外な印象でした。
主役としてはもちろん、脇にまわっても抜群の安定感と力強さが舞台を支えていた(たとえば『LADY椿 鹿鳴館狂詩曲』の中井桜洲よかった)新宮さんですが、今回はその強さに大久保義明という人物への(あくまで私の場合)心入れを阻まれてしまうようにかんじるのです。
でも、そんな姿を観るのもまた、ある意味で「楽しい」とおもえるのです。
いつもつけ入る隙のなかった演技に、揺れるものがあるのを観られた、というやや倒錯的な喜びを味わいました。

チラシに顔が登場している若手4人はどの人も好演。
とくに、初日から2ステージ目にみちがえるほどよくなりました。
秋本一樹さんはスケールが大きさ、裂ぱくの熱情がよかったです。
入木純一さんは沈潜する難しい役どころですが、狂四郎という人物の「核」は(これは初日から)きちんと体現していました。
とくに、義明への感情、出自への誇りは抑制のなかでもちゃんと伝わりましたし、不遇の旧藩への貴種としての言葉には感涙でした。
もっとも好きなセリフは義明とふたりだけのときのあの……これはネタバレになるのでまた後日に。↓追記あり
合馬百香作品は珠玉のような言葉にあふれていて、上演台本が欲しい!と毎回熱烈におもいます。
2回目は髪型とメイクもよくなり、新たな花形にふさわしい色気が回を重ねるごとに急成長していくとおもいます。
衣裳の裏地と半襟の色が若さによく映えていました。
手堅い印象だった菅原貴志さんがジェンダーをまたぐ役で楽しませてくれました。
劇団サイトの過去公演動画にある牡丹(動画では習作さん)と狂四郎(同・新宮さん)のときめきシーンが素敵な2010年版になっていましたね。
井上真一さんはますます男ぶりがあがってかっこよくなり、習作さん命♪の私もおもわず浮気してしまいそうでした(笑)
段差の多い危険なセットのなかで、め組十八番の効果音に頼らない華麗な剣殺陣を実現してくれました。
上記4人以外の若手としては、三太役河本博志さんの愛嬌が救いになっています。
三太もまた維新による不幸を負っているのですが、そのことをにこにこした笑顔の奥に秘めて出さないのがよかったです。
あと、登場時間は少ないながら玉城誠さんの桐野利秋の気魄が光りました。

高橋佐織さんと武田久美子さんのすそ引きのきもの姿、うなじ、所作が美しいです。
これもまた滅んでしまった日本の美という財産だとおもいました。
松本具子さんと稲垣納里子さんのふたりは未来への希望の象徴でした。
大切だとおもっていた生き方を否定されるというのは、現代にもあることです。
その意味では時代劇でありながら実は今を写した作品でした。
たとえば年長者を年長者であるというそのことによって敬う、お金優先の生き方にどこか恥ずかしいものをかんじる、などの昭和的考え方で育った私は、今の社会にとまどいを覚えざるを得ません。
ひとつの価値観が消滅しても、それでも根を張って堅実に生きていく小菊(松本さん)と茜(稲垣さん)ふたりの勇気には大いにはげまされました。

制作・演出助手塚原舞さんを筆頭にした、新人劇団員たちによる誠実味あふれる受付も気持ちいいです。

め組公演に関する当ブログの過去記事が増えたので、別ブログでリンク集をつくりました。
自分の検索用に非公開にしていたのですが、このたび公開します。
ブログタイトルは初めてめ組を観た作品のクライマックスシーンからとりました。

紅葉坂-MOMIJIZAKA-
(2010年8月7日公開→※その後公開休止中)



劇団め組
『新明治仁侠伝』
2010年8月4日水曜日~8日日曜日
吉祥寺シアター
CoRich情報(トラックバック送信、失敗しました。安定反映はいつになったら……)

作:合馬百香
演出:与儀英一

全席指定
平日 4,500円
土日 4,800円

べきら観劇日:
2010年8月4日水曜日19:30~(初日)
2010年8月5日木曜日14:30~
<↓観劇日追記>
2010年8月7日土曜日14:30~
2010年8月8日日曜日17:00~(千秋楽)

上演時間:2時間10分(休憩なし)

【物販】
舞台写真@150円×70種(後日送付)
『岡田以蔵』DVD 1,500円
Tシャツ@2,500円×4柄(サイズ:S・M・L・LL/色:黒・グレー・白)

【当日パンフレット】
A4/4Pカラー
滅びる士族、矛盾をはらむ明治、とまらない歴史を歩いていく日本をかんじさせる写真がよいです。
いっぽう、「資料」の基本である公演期間と劇場は記載してほしかったとおもいます。
また、め組の当日パンフレットの良心的特色だった「幕構成」が今回記載されていないのは非常に残念です。



「好きなセリフ」追記しました。2010-08-14


かつて桜が咲き、家族が平和に暮らしていた遊女・楓(高橋さん)の家があった荒屋
大久保利通暗殺の謀略を義明(新宮さん)から打ち明けられた狂四郎(入木さん)が、「ふたりきりで」と女達を人払いさせたあとに「おまえは何者だ」と義明に問う
なんだっていいでしょう、とはぐらかす義明に狂四郎がたたみかける――

わたしはおまえにこの身を預けた――
おまえのことを知りたい――


好きなセリフはほかにもたくさんあります。
龍馬の、西郷の、小菊の、茜の。
でも、もっとも感情を揺さぶられたのが寡黙な狂四郎が発したこの言葉です。
それも全4回観たなかで初日の次の「2回目=8月5日昼の部(2/8ステージ目)」のそれがよかったのです。
後半の3回目(8/7昼・5/8ステージ目)、4回目(8/8夜・千秋楽)に観たときには、このセリフを言うときの入木さんの語調は身分の高い者が低い者に発する威厳と骨太さをかんじさせるものに変化していました。
そのほうがふさわしいという判断によるものなのでしょうが、私はすがるような、ようやく理解しあえる人間にめぐりあえたのかもしれないという淡い喜びのようなものがかんじられた2回目の情感のある言い方に心打たれました。

親に捨てられたという同じ境遇を義明が持っていることを狂四郎はまだ知らないのですが(このあと義明が打ち明ける)、共通するものを直感的に感じ取ったこそ劇中では描かれない「雨のなかの出会い」だけで狂四郎は義明に「身を預ける」気になったのだろうとおもいます。
魂が死んだままただ肉体だけがむなしく生きていた狂四郎に最後の命の灯をともらせたのが義明の存在だったのではないでしょうか。
義明と関わるうちに「徳川を終わらせる」という使命が狂四郎のなかに明確化されます。
女達を消えた夢から解放して生かし、明治では生きられない男達(含・義明)を終わらせてやること。
そしてその最終仕上げが自分自身を消し去ること。
ただし、ひとりではない。
義明とともに。
晋之介(秋本さん)にとどめを頼むとき狂四郎は「皆のところへ、頼む」とは言いいませんでした。
「義明のところへ、頼む」――
義明には左助(中島圭一さん)という育ての親がいましたが、狂四郎を育てた人物のことは描かれません。
孤独と絶望の狂四郎は、いっしょに死んでくれる相手をさがす人生だったのかもしれません。
この男とならともに歩いて行けるのでは、という嬉しさのようなものまでかんじとれた、あるいは私がそうおもいたいという気持ちを受け入れてくれる、この2回目の入木さん狂四郎の繊細な声に乗ったセリフが大好きです。



上記に記したセリフは私の記憶によるものであり、実際とは異なるかもしれません(上演台本・DVD販売渇望!)。
千秋楽から1週間経とうとしていますが、まだ舞台のイメージに酔っています。
そろそろ注文した舞台写真(今回も全種おとな買い、笑)が劇団から送られてくる頃でしょうね。
「好きなセリフ」シリーズ続編は、舞台写真を見て興が乗りましたならば以降はこちらにて。

追記ここまで。2010-08-14

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