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『僕らの声の届かない場所』

若い画家の創作へのもがき、少女との純愛の物語がほんもののギャラリーの一室で演じられます。
「社会派」「硬派」のイメージがある詩森ろば氏(風琴工房主宰)が、昨2009年11月の『おるがん選集 秋編』に続いて詩森さんオリジナル作品ではない、しかも恋愛ものをどうつくりあげるのかを楽しみにチケットをとりました。
ほさかよう氏(空想組曲主宰)と詩森さんが組んだ演劇ユニット・ろばの葉文庫の旗揚げ公演です。
なお、わたしは2008年7月から8月にかけて王子小劇場で上演された初演版(作・演出:ほさかよう)を観ています。

巨大な額縁に縁取られた傾斜舞台のうえでゲーム的ファンタジー世界と現実世界が入れかわり立ちかわり交錯する「混色」感が楽しかった初演に比べて、すっきりとして落ち着き、深みとあたたかみが増した今回の再演版でした。

主役のふたりは、初演の狩野和馬+牛水里美コンビは流血辞さずともに地獄へのキッタハッタ感(←よかったですねぇ……)、今作の北川義彦+ハマカワフミエ組は脆さと清純さ、健気さが魅力でした。
たとえるならば狩野さんの画家・名村(なむら)は手負いの狼、北川さんの名村は雨に濡れた子犬(でも眼は強い)、というかんじです。
どちらが好みかと問われた場合は、凄艶ヒール指向のわたしとしましては狩野版名村にぞっこん惹かれてしまうのですが、手が届くほどの至近距離で過去のつらい記憶におののく北川版名村にはたまらない愛おしさをかんじました。
詩森さんのブログ内に新旧名村の貴重ツーショット画像があります。)

街中をひとりで歩いたらかどわかしに遭うのでは、と心配になるほど愛らしいハマカワさんの「茜」が、名村にかかわるほどに表情がかわり、母性の輝き→聖母のようなものを帯びたときにははっとさせられました。
「夜虫」を演じた皆木正純さんの存在感が印象的でした。
最初に登場した瞬間に、このひとは「ここにいない」のだということがわかりました。
しなやかな動きのなかから怖ろしさとせつなさがつぶてのように発されます。
初演の3人からひとり減った画家仲間ふたりそれぞれの絵への取り組みもよかったです(ほかにも女性役ひとりが減り、キャスト数は10人から8人になっていました)。

終演後は、洗われたような、やわらかく気持ちよい心地で劇場をあとにしました。
その最大の要因は、関根信一さん(劇団フライングステージ主宰)の存在にあったとおもいます。
こまやかな感情の受け渡しを大切にした今回の詩森演出のなかで、関根さんの起用が(わたしにとって)もっとも大きなプレゼントでした。
関根さん演じる「朽葉」のおおらかさ、やさしさが物語世界のすべてを包みこみます。
観客のわたしも、ここにいていいのだ、とかんじる安心感に浸りました。
この朽葉のありかたを言語化したものに最近どこかで遭遇した気がして、帰宅後に本の山をかきまわして下記に行き当たりました。
<↓引用>
端的に言えばレヴィナスのいうところの「女性的なもの」、柔和さ、ぬくもり、癒し、受け容れ、寛容、慈愛、ふれあい、はじらい、慎み深さ……といった「贈与的ふるまい」から目をそらすことができないのである。それがどれほど近代家族イデオロギーのなかで手垢のついてしまった概念であったとしても、やはり親しみの場は、そのような「女性的ふるまい」抜きには成り立ち得ないだろう。
(略)
「女性的なもの」はレヴィナスの言葉に従えば「存在論的カテゴリー」であり、経験的性別にはかかわらない。

<引用ここまで>
内田樹「こんな日本でよかったね 構造主義的日本論」(2009年9月/文春文庫)
三章 生き延びる力 ――コミュニケーションの感度
親密圏について



ろばの葉文庫 その1
『僕らの声の届かない場所』
2010年1月12日火曜日~17日日曜日
The Artcomplex Center of Tokyo
CoRich情報

作:ほさかよう
演出:詩森ろば

日時指定全席自由
一般前売 2,500円
当日 3,000円
障害者割引 1,500円

べきら観劇日:
2010年1月14日木曜日14:00~
※終演後、5分くらいの休憩をはさんほさかさんと詩森さんによる30分弱のアフタートークがありました。
初アフタートークの清純ほさかさんと、確信詩森さんの対比が鮮やかで楽しかったです。

上演時間:1時間30分(休憩なし)

【物販】
未確認

【当日パンフレット】
A5/4Pモノクロ
※ほさかさんと詩森さんによる、それぞれ字数500~600くらいの文章があります。
詩森さんの恋愛賞賛にときめきました。



会場情報など


わたしはJR信濃町から行きました。
昼間だったこと、文学座アトリエに行きなれた道だったこともあり、迷わずに到着できました。
地図の通り慶應義塾大学病院を過ぎ、東電病院を過ぎ、文学座の建物を過ぎて最初の信号を左に曲がります。
目印のパン屋さんは透明ガラスの可愛いお店でした。
左折すると道はゆるやかな下り坂で、先のほうで右にカーブしています。
お洒落な飲食店がいくつかありました。
歩いているうちに、建物群の屋根のむこうに洋館のとんがり屋根がみえてきます。
その洋館が会場のギャラリーです。
風琴工房の俳優さんがチラシを持って入り口に立っていました。
エレベーターか階段を使って2階にあがり、廊下を進んだ突き当たりが劇場となる部屋です。
学校のようなつくりで、教室くらいの大きさの部屋が並んでいます。
ほかの部屋では実際の展覧会が開かれていました。
劇場は長方形で、長い辺の中央あたりが正面になります。
長い辺10席×2列、短い辺(上手、下手)各3~4席×2列くらいでした。
2列目は高くなっています。
背もたれのあるいい椅子で座りやすかったです。
(増席はパイプ椅子のようです)
喫煙シーンはありませんでした。
床は板張りで、ほんものの○○が撒かれていて素敵でした(音もいいです)。
天井が低く、そのぶん暖房の効きがよくて暑がりのわたしには少々暑かったです。
トイレもとても素敵で、必見です(照明、花、窓枠)。
2室あります(1室は女性専用、もう1室は男女兼用)。
JR信濃町駅のトイレ(改札内)も明るくてきれいです。
化粧スペースが広く、鏡が大きいのがよいです。


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