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舞台『岡田以蔵』その2~特別版撮影見学~

<追記 2009-11-13>
『岡田以蔵』公演期間中に、武市瑞山(半平太)本人が切腹直前に獄中で書いたとみられる書状が高知で発見されたという記事が新聞に掲載されました。
「実に」を4度重ねた文面から、志を達成できなかった無念のおもいが迫ります。

読売新聞
2009年11月13日金曜日付け朝刊(東京最終版)
P13(社会)
武市瑞山 獄中書簡か
実に 実に 実に 実に・・・・・無念
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20091113-OYT1T00045.htm(YOMIURI ONLINE)
※YOMIURI ONLINEは個別記事へのリンクを認めていないため、URLを表示しました。
<追記ここまで>



DVD撮影のための特別版上演を見学する機会がありました。
販売用DVDではなく、アメリカのテレビ演劇祭に参加するために制作されるDVDです。
最大の特徴は、あとから曲を入れ直すために「音楽なし」の上演だったことです。
また、通常はなにも見えない暗転のあいだもうっすらと照明が入り、俳優やスタッフの動きを見ることができました。
劇団のファンクラブ会員に限定することなく、ひと口3,000円からの(DVD制作のための)カンパに応じた人に見学が公開されました。

私は音楽のある通常公演を2回観劇したあとでこの特別版を観ました。通常版レポ
楽曲のない舞台世界は俳優の動作や足音、息づかい、衣擦れの音、舞台袖の気配などが際立って感じ取れる静かで不思議な雰囲気です。
能を観ているようなかんじもしました。
(風の音や水が滴り落ちる音、雷鳴などの効果音は通常版と同じでした。)
音楽による盛り上げがないぶん、俳優の演技や声にこもる感情、せりふ内容が強く鮮明にこちらに伝わってくるのが新鮮な驚きでした。
この特別版によって初めて気付いたところや、登場人物の心情を深く捉えることができた部分があります。
新宮乙矢さん演じる以蔵の哀しさ、せつなさ、くやしさ、絶望がとくに大きくかんじました。
演じる側としてはたぶんやりづらいことと推測しますが、新宮さんはぶれるどころかかえって力を増したようで、この特別版のほうがよいようにすらおもえました。
当初から音楽を使わずに作られる演劇作品はありますが、音ありの通常版と音なしの特別版を両方観劇できたのは貴重で得がたい経験でした。
完成した特別版DVDをぜひ販売していただきたいです。



劇団め組
『岡田以蔵』特別版撮影見学
2009年11月9日月曜日
14:00~16:30(特別版上演120分+出演俳優と見学者との交流30分)
下北沢「劇」小劇場
見学資格:DVD制作のためのカンパ(ひと口3,000円~)
テレビ演劇祭参加の経緯(劇団主宰与儀英一氏によるブログ 吉祥寺YOGIDAS より)
撮影見学情報(岡田以蔵役新宮乙矢さんによるブログ 新宮乙矢blog『一本刀土俵入』 より)
CoRichによる公演情報※本記事と通常版レポ記事の両方からトラックバック送信しましたが、反映されませんでした……残念。



五輪書 (ちくま学芸文庫)
五輪書 (ちくま学芸文庫)










「劇」小劇場の中央部分の座席が撤去され、通路幅が広げられた最後部に3台、A列の下手端と上手端に1台ずつの計5台の撮影用カメラがみえました。
見学者は『岡田以蔵』のチラシが置かれた席に自由席で着席しました。
14:00になると芸者・白菊姿の松本具子さんが舞台下手に登場して笑顔で前説を行います。
劇中での白菊は裾を褄どった外出スタイルですので、優雅な裾引き姿をみられたのはこのときだけの眼福でした。
DVD制作への協力に感謝する言葉に続いて、音楽が入らないこと、転換時に照明が入ることなどの説明があり、今回は作品ではなく「撮影の見学」としてご覧くださいという趣旨表明がありました。
この言葉によってここがあくまで撮影の場であることが認識され、加えて、座席から立ち上がると映像に映ってしまうので途中退席の場合は注意してほしいという説明を受けると、客席約20名のあいだに緊張が広がります。
2~3分間の前説を終えて松本さんが再び下手に姿を消すと、やがてあの聞き覚えのある風の音がきこえてきて『岡田以蔵』が始まりました。

音楽のない舞台は静かに、緊迫感に満ちて進行します。
物音を立ててはいけないと、観客ならぬ見学者達も張り詰め通しでした。
喉の弱い私は念のため咳止めの薬を飲んでのぞみましたのが功を奏したのかなんとか無事でしたが、それにしても緊張しました。

笑いの場面は声を立てず、控えめに反応するように心がけました。
客席が押さえていたためか、野村さんの「月様…」劇中劇シーンは通常上演に比べてあっさり終わったような気がします。
転換時は、表情はみえないものの俳優や黒子のシルエットははっきりとわかるくらいの明るさでした。
俳優は転換のあいだも役の情感を持続して動いてくれたので、興が醒めることはありませんでした(「素」で動くのも、それはそれでメイキング的面白さがあるとはおもいますが)。

特別版だけのシーンとして、武市半平太切腹のシーンがありました(通常版では脇差をささげ持つところまで)。
武市役藤原習作さんがきものの衿を割り広げ、胴に巻かれた白いさらしに突き立てた脇差を左から右へ一文字に引き回し――武市半平太といえば高名な「三文字の切腹」ですが、外国の人には理解を超えるとの演出家の判断でありましたのでしょうか――上体が倒れたところで暗転、薄灯りが入って黒子が脇差の鞘と大刀を持ってはける、そのあとも習作さんはすぐに起き上がらず、余韻を持たせたのちゆっくりと身体を起こして舞台奥の闇に消えていく、暗転、というふうに流れを途切れさせない演出になっていました。
転換時に暗転しない作品はときどきみかけます(最近ではこまつ座『兄おとうと』2009年7月紀伊國屋サザンシアターが記憶にあります)が、虚構と現実が交錯して溶け合うような独特の味わいがかんじられます。
今後のめ組公演でも、作品によってはこの方式を取り入れてみてほしいとおもいました。

武市に別れを切り出された高橋佐織さん演じる菊松が、最後の願い事としてちょっとだけ抱いてくれませんか(←実際の舞台では京都弁)と頼むところは、藤沢周平『三屋清左衛門残日録』の最終章「早春の光」を思いおこさせる哀切さでした。
小料理屋「涌井」の年若いおかみ「みさ」と想い合いながらも表に出さずにきた隠居の身の清左衛門は、故郷の実家に帰ることになったと別れを告げるみさにそう頼まれて、「こうか」とためらいなく彼女を抱き寄せてあげます。
藤沢作品の水が心に沁みる入るような幾多のシーンのなかでも、清左衛門の胸にみさが顔をうずめて静かに泣くこのシーンはとくに好きです。
長身の習作さん武市をすがるように見あげる高橋さん菊松、見つめ返す武市、ふたりのあいだに一瞬の沈黙が走る、……
菊松を抱いてあげてほしい!とこの瞬間に強く念じたのですが、新選組による危険が迫るなか、彼女の身の安全を最優先に考える武市の手は動くことはなかったのでした。
みるたびにみとれる高橋さんの綺麗なうなじの線が、今回は芸者役なのでなおのこと深く抜かれた衣紋に白く浮かびあがり、立ち去るうしろ姿のあわれが眼に灼きつきました。
可哀そうな菊松……でも、身をよじらされるこのせつなさと悲劇性こそが、め組世界の魅力の柱なのです。
その意味では、昨2008年年8月公演『LADY椿 鹿鳴館狂詩曲』(新宿 SPACE107)で高橋さん演じる糸子が明治政府のお雇い外国人である夫の習作さんル・ジャンドル将軍の胸に抱かれたラストシーンは、とても希少価値があったのだとあらためておもいました。

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