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舞台『機械と音楽』

創り手の強い意志と矜持を感じました。
見応えのある作品です。

国家権力によって才能を封殺されたロシアの天才建築家イヴァン・レオニドフの生涯を描いた作品です。
長方形の王子小劇場に対角線を2本平行に引いたような鋭角的な舞台、無機的でありながら拒絶的ではない造形群が高い天井から降り注ぐ光に浮かび上がって、空間に一歩足を踏み入れた瞬間に『機械と音楽』という世界に心が吸い込まれました(舞台美術:杉山 至+鴉屋)。
なかでも見上げる位置にある斬新な構造物に目が惹きつけられるのですが、作・演出の詩森ろば氏がこのかたちを選んだ意図は、物語が進むにつれて私なりにおもい当たるようになりました。
衣裳、小道具から空間全体にまで及ぶ、数色に統一された色彩のハーモニーが心地よいです。
劇場のむき出しの壁もそのなかの一色にとりこまれていたのが面白かったです。

主人公イヴァンをはじめとして個性がくっきりした魅力的な男優陣の競演を楽しみました。
なかでも、冒頭のパフォーマンスから気になっていたあの人はなんという俳優なのかしら……あとで当日パンフレットのキャスト表で確認するためには役名を記憶しなければ……ところが、ロシア名前がたくさん飛び交うのでどうしても彼の名前を識別できないのです。
名前に気を取られているとストーリーからはぐれるし、結局男性キャスト6人のうち「イヴァン」と「ニコライ」は覚えられたもののあとは混乱のうちに終演を迎えてしまったのでした。
でも、妖しい色気のある傲慢さとセンター分けにした長い前髪が顔に陰をつくる繊細な風貌(←実は男性のこのヘアスタイルにはとりわけヨワいのです……これで後ろももっと長かったらさらに好もしいです♪)をしかと眼球に焼き付け、写真なしのキャスト表と写真が小さすぎるチラシをあきらめ、帰宅後に特設サイト内の画像でようやく「オシープ・ブリーク」渡邊真二さんとの特定ができました。
風琴工房はチケット郵送時に劇団員直筆のメッセージカードが同封されてくるのですが(前回『hg』のときは宮嶋美子さん、ひとつひとつの文字の最後の一画まできちんと力が加わった、心地よい字でした)、今回の渡邊さんのメッセージカードはこのときから宝物になりました(笑)(あ、もちろん宮嶋さんのも大切に保存してあります。)。
稽古場日記によれば渡邊さんは本公演初参加とのこと、とてもそうはおもえない堂々たる傲慢ぶりが素敵でした(中盤のコロスの倒れこむパフォーマンスも色っぽくてよかったです)。

手前と奥の客席のどちらでもみやすさに極端な差はなさそうですが、梯子の演技は手前側席のほうがよくみえるとおもいます(私は手前を選択)。
また、奥側は開演すると途中退出不可能になりますが、私が観た回は開演前に詩森氏が奥側の観客に対して「万一具合が悪くなった人は私に知らせてください」という主旨の案内を告げ、上演中ずっと奥側にとどまっていた(端のほうのパイプ椅子に着席)のは配慮でした。
あと、呼吸器につらい状況があるので、上演前に飴とマスクを配る配慮もありました。



風琴工房
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『機械と音楽』
2008年11月6日木曜日曜日~17日月曜日(全15ステージ)
王子小劇場
作品公式サイト

作・演出・振付・宣伝美術・衣裳:詩森ろば

日時指定・全席自由
一般前売3,000円
当日3,300円
↓各種割引
大学生2,000円
高校生以下1,500円
障碍者1,500円
ペアチケット5,600円
※一般前売以外の各種割引は劇団扱いのみ(各種割引の当日券での扱いはなし)。

べきら観劇日:
2008年11月12日水曜日19:30~

上演時間:2時間強(休憩なし)
※チラシに上演時間が記載されていました(「約2時間」)。
これは(私の観劇経験のなかでは)たいへんめずらしく、ありがたいことです。
再演だからこそ可能だったことでもありましょうが、再演公演でも上演時間をこれほど早期に公開してくれるところはめったに出会ったことがありません。
結果的に実際の上演時間が多少増減することになったとしても、観客としての私は「とりあえずの目安」がほしいのです。

【物販】
上演台本1,000円

【当日パンフレット】
A4/4P
※当日パンフレットとは別に、A4片面の「「機械と音楽」のための用語解説」あり。



ネタバレありレポ


スターリンによる芸術の検閲と粛清、建築材料の不足などにより、優れた建築デザインを考案しながらそのほとんどが実際に建てられることなく生涯を終えたイヴァンの無念が伝わりました。
紙と模型だけの建築家は、いわば出版されない小説家、人前で歌えない歌手――ちょっと眠そうな穏やかな顔立ちのイヴァンがいらだちを爆発させるときの浅倉洋介さんがよかったです。
小柄な宮嶋美子さんのからだから光の玉のように全方位に放射される男女平等主義者エレーナの熱意がすさまじく、そのぶんイヴァンが燃やそうとした図面をひったくるようにして奪いかき抱くシーンのせつなさが際立ちました。
エピローグの退場間際に佐藤拓之さんがみせたヴェスニン先生の老いた哀感がよくて、あと1秒!みたかったのですが私の席(手前出口側)からは姿が消える瞬間まではみえませんでした。
このシーンについては奥側席が有利だとおもいます。

正直なところ、前回公演『hg』のときの「被害者と加害者の可逆性」のような今の私自身に真っ直ぐ切り込んでくるものを作品から受けとめることはできないまま観終えたのですが、当日パンフレットにある詩森氏の「現代ではスターリンに代わって善意の人々が人を殺す」という主旨のことばを発見したときになにかみえたものがありました。
スターリンのいないこの国でなお多くの人が(イヴァンのように)圧殺される状況とは、正論をふりかざして表現者を追い詰めるモンスターな人々やマスコミの言葉狩りのようなことかと最初はおもったのですが、顔のみえない電子のことばが、褒めたり賞賛したりするものであっても創る側の足を引っ張ることになりうる、ということだとしたら、私もまたイヴァンを殺しているひとりなのかもしれないのです。
当日パンフレットにあった詩森氏の別のことば、
<↓引用>
こここから先に行くために褒め言葉に耳を貸してはいけない、と日頃思っているわたし
<↑引用ここまで>
が刺さりました。

舞台を覆う円形の構造物、素材を連想させる硬質な音楽、ノベルティグッズ(早期申込特典)の材質の透明感は、ついに実体化されなかったあの建築物を、イヴァンに代わって風琴工房が現代に蘇らせたのでしょうか。

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