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演劇雑誌『悲劇喜劇』――倉田 淳氏寄稿

劇団Studio Lifeの要(かなめ)的存在であり、作・演出を担当する倉田 淳(くらた・じゅん)氏の寄稿。

舞台『トーマの心臓』2006年版の準備段階から初日までを、劇団幹部としての視点から日記形式でレポした貴重な内容です。


P50、51
わが日録
スタジオライフ『トーマの心臓』


B000GUK2IO悲劇喜劇 2006年 09月号 [雑誌]
早川書房 2006-08-07

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定価:1,300円


・発行元・早川書房サイトによる情報:
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/730609.html


某月某日で始まる書き出しは、2006年6月公演の演目に『トーマの心臓』5度目の再演が決定したところから始まります。

記者発表、本読み、抜き稽古、フェンシング稽古、衣装合わせと日程が進み、暗闇の紀伊国屋ホールにアヴェ・マリアの旋律が静かに流れ出す、6月3日の初日幕開けの瞬間までが描かれています。

「新しいエーリク、新しいユーリ、新しいオスカー、新しいスタジオライフ――」というコンセプトのもと、大抜擢を受けた劇団員の緊張と演出家の不安が交錯します。

とくに、実際の稽古現場で苦悩し、号泣にまでいたる劇団員(エーリク役M君)と、彼らと夜明けまで話し合う演出家の奮闘ぶりがリアルです。

一方、劇団幹部としては「創作」面とともに「経営」面の課題にも向き合わなくてはなりません。

5年間つながりのあった制作会社から独立し、今回の公演からは情報宣伝活動も役者さん達がこなす「自前体制」になったそうです。

リスクを負いながらも、自由という大きな武器を得て一ヶ月公演に臨む倉田さんの決意がひしひしと伝わります。

最後の日付「六月三日」の項は、暗闇からシュロッターベッツ学院のセットが浮かび、レドヴィ役林 勇輔(はやし・ゆうすけ)さんが登場する、あのなつかしい『トーマの心臓』幕開きの光景で締めくくられています。

清明な光を放つ宝石のような舞台『トーマの心臓』が出来上がるまでには、たくさんの苦労と涙があったことがわかり、よりいっそうこの作品が愛(いと)おしく、大切なものにおもえてきました。

劇団の歴史とともに、『トーマ』はこれからも演じ続けられていくのでしょうね。

6回目公演は何年後なのでしょう?――次も必ず観る!とすでに固めた決意を、いま一度新たにしました。

なお、この雑誌『悲劇喜劇』の文中では、今回の『トーマ』2006年公演は1996年の初演以来「五度目」と表記されていますが、公演プログラムおよび製作記者発表会のレポでは「6度目」と表現されています。
これは2000年に上演された『萩尾望都作品連鎖公演-「トーマの心臓」「訪問者」-』を公演回数にカウントするかどうかの違いではないかと推測します。
この『べきらふぁいる』記事は『悲劇喜劇』のレポであることから、文中の表記を尊重して「5度目」としました。


↓倉田 淳氏について
女性役も男優が演じるユニークな劇団にあって、倉田さんは唯一の女性です。

べきらが初めて劇団の存在を知ったのは2年前の2004年秋頃、舞台『ドリアン・グレイの肖像』を告知するウェブ情報でした。

原作小説は好きだったので、その舞台化とあって興味を持ったのですが、“美形男優劇団”といったようなコピーを読んだべきらは、このときとんでもない勘違いをしてしまいます。

なんだかキワモノのような、原作の美的世界を愚弄しているような違和感を抱いてしまったのです(倉田さん、劇団の皆さん、ごめんなさい!)。

これがとんでもない誤解だったことは、舞台『白夜行』第2部で初めて劇団の公演を観たときの、目の覚めるような感動が教えてくれました。

真摯で誠実な原作世界へのアプローチ、正々堂々として自信に満ちた役者さん達……キワモノなどとはとんでもない、むしろどこか求道者的な、清廉な印象さえ受けました。

その後、プログラムやDVD収録のインタビューで作・演出としての倉田さんの存在を知り、この人こそがスタジオライフの世界観をかたちづくっている根源なのだと理解したのです。

少女がそのまま大人になったような、浮世離れしたような純粋な雰囲気――実はもっと濃厚な“女帝”風な人を想像していたのですが、これもまた見事にはずれでした――原作を尊重し、全存在をかけて演劇に打ち込んでいることがひしひしと伝わってきます。

スタジオライフの舞台から感じる「確信的な潔(いさぎよ)さ」のようなものは、すなわち倉田さんの人間性が発するものであり、この方が健在であるかぎり、失われることはないとおもいます。



この倉田さんは、どのようにして演劇と出会ったのか、――少女の頃からの演劇との関わりを倉田さんご本人が語っているインタビューがスタジオライフの写真集『Troubadour』に収録されています。

倉田 淳のこころと世界
~Studio Lifeの世界観はどのようにして生まれたのか~


4592732162Studio Life ビジュアルブック Troubadour(トゥルバドール)
白泉社書籍編集部
白泉社 2003-12-18

by G-Tools


小学生になった頃のお正月に初めてお母様に連れていってもらって以来、宝塚に熱中されたそうです。

スタジオライフの作品に特徴的な、耽美な世界への志向はこの頃に培われたのかもしれません。

高校一年のときに長岡輝子氏演出の『ガラスの動物園』を観て「一生この世界で生きていきたい」という自覚を持つに至ったとのことですが、演劇の素晴らしさに魅かれたきっかけのひとつとして、俳優座の『森は生きている』が挙げられているのが興味深いです(ロシア版シンデレラ物語といえる『森は生きている』はさまざまな劇団によって上演されてきましたが、最近ではライズ・プロデュース公演にスタジオライフの劇団員さんが客演しています)。

あともうひとつ、「オリジナル作品を書く予定はありますか?」との質問に対して、

――いま、素敵な原作にどんどん出会っているので、自分で書きたいとはおもわなくなってきています。――

という答えなのが残念ですが、むしろ倉田さん自身の半生を書いてもらいたいというのがスタジイオライフファンとしての熱烈な願いです。

きっとすでに出版社からのオファーは寄せられているだろうと推測しますが、べきら自身の出版業経験からすると、書いてほしい人ほどおいそれと首を縦にふってはくれないものです。

優れた編集者氏が倉田 淳さんの自伝を実現させてくれる日が来るのを、大きな期待をもって待ちたいとおもいます。



・劇団Studio Life劇団員紹介:
http://www.studio-life.com/member/
※脚本・演出の倉田さんは可愛い猫のシルエットになっています。
ちなみに、代表の河内喜一郎(かわうち・きいちろう)氏は倉田さんの夫君。
おふたりは「演劇集団・円」で知り合い、のちにそこを飛び出して児童劇団を作ります。
それが現在のスタジオ・ライフの母体となりました。
倉田さんの自伝が実現したら、このあたりの詳しい経緯もぜひ読ませていただきたいです。

・シアターガイド サイトによる『トーマの心臓』製作記者発表会レポ(2006年4月20日(木)、早稲田奉仕園スコットホールにて):
http://www.theaterguide.co.jp/pressnews/2006/05/10.html
※集合写真の最前列、向かって左から三番目の黒い服の女性が倉田さん。
その右隣の白いスカート姿が『トーマの心臓』原作者・萩尾望都(はぎお・もと)女史。
『トーマ』公演中に紀伊国屋ホールでお見かけした萩尾氏もまた、ふんわりとした少女の雰囲気をまとった方でした。

・劇団情宣チーム・篠田仁志(しのだ・ひとし)さんによるレポ:
http://www.studio-life.com/studio-life/2006/toma/press.html

・e+Theatrix!によるレポ:
http://blog.eplus.co.jp/etheatrix01/2006-04-24-1
※倉田さんと、エーリク役M君ふたり(松本慎也さん、三上 俊さん)のアップ画像入りコメントがあります。

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